ノワとふたりぼっち

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桜が咲く前、ペルラの病の日々がはじまってから、
どう日常を送っていたか、
あまり覚えていません。
ルッコラを失ってからも、
どうしてもしなくちゃいけない事のほかは、
ぼんやり過ごしています。
桜を愛でなかったので、紅葉を楽しむのも、今年はやめました。

それでも、最近は少しずつ新しい日常になれつつあります。
自分のことも、ちゃんと大切にしなくちゃね。
ルッコラとの、19年の日々に思いを巡らせると、
あぁ、人生って、思っていた以上に短いことを
改めて知らされたような気がします。

ルッコラ、ありがとう。
やっぱり猫ってすごい。

とりあえず、ずっと手抜きばかりだったけど、
最近、ようやくまっとうな食生活に戻ってきました。
で、台所にいる時間が長くなると、
ノワが、お気に入りのベッドから、
こちらを見ています。

嬉しい。

ノワとふたり、
また、小確幸、感じてます。




by rucolaperla | 2017-10-29 18:57 | うちの猫 | Trackback | Comments(0)

ひと月たちました

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ずいぶんご無沙汰していました。
久しぶりの投稿です。

お知らせしなければ、と思いつつ、
愛しいルコペルの写真を見ると、
なんとも悲しい気持ちに落ちてしまうので、
パソコンの電源をつけるのさえ、まだまだつらい今日この頃です。

実は、ちょうど一か月前の9月10日午後11時4分、
最愛の猫、ルッコラが、猫の神様のもとに帰っていってしまいました。
19歳と、あと5日で半月、
猫又になって、しっぽがふたつに割れるのが楽しみだったのですが、
やっぱり20歳の壁は高かった。。

ルッコラの急激な老化に慌てたのは、
5月最後の日にペルラが逝ってから一週間ほどたってから。
大好きだったキャットタワーに登れなくなったのに気づいたから。
(といっても、その後2度ほど登ったのを確認したけど)
でも、実はルッコラがずいぶん惚けてしまったことは、
ペルラが病に倒れる前から気づいてしまいました。
おそらく、一年前から認知症を発症していたのだと思います。
というのは、生後半年からはじまった、不機嫌な時の嫌がらせだった
お布団への粗相がピタッとなくなったから。
きっと、シカエシをすることを忘れてしまったのでしょう。
気がつくと、お顔つきもね、以前のような理知的でなくなってしまっていた。
それから、ゴロゴロを言わなくなっていた(これは悲しい)

それでも元気にしていたので、
歳をとるということは、こういうことなのかなと思いました。
もちろん、誰よりも賢く、気高い猫だったので、
悲しい気持ちはありましたが、
どんなにぼけても、私を好きな気持ちは全く変わらなかったので、
幸せな暮らしは、もうしばらく続くと思っていた。

ペルラ亡きあと、ルッコラの異変を感じ、
ようやく、食事の量も、う○ちのの量も、
随分少なくなっていたことに気づきました。
ペルラの闘病という非日常を送っていたとはいえ、
まったく、ダメな母親です。

その後、ウェットご飯を与える回数を増やしたり、
より小さなカリカリを探したりしたものの、
やっぱり少ししか食べない。

意を決して、仕事を休んで動物病院を訪れたのが8月2日、
前々日に泡のようなものを吐いた後、苦しそうにして、
それから、便秘もひどくなっていたので、
決心しました。
平日の動物病院は驚くほど込み合っていて、
随分な時間、順番を待ちましたが、
その間、いろんなことが脳裏にうかび、
気づくと涙が止まらなくなって、大泣き。
そのせいか、お医者様も看護師の方も、いつも以上に優しかったっけ(恥)
診察の時、お医者さまとお話しした後、4年ぶりの血液検査。
きっと、あちこち悪いのだろうなと思っていたし、
何を告げられても強く受けとめようと思っていたのですが、
先生から聞かされたのは、驚くような事実、
なんと、全ての数値が、歳の割には悪くないとのこと。
何よりも、(15歳だった)4年前よりはずっといい。
腎臓も、甲状腺関連の数値も、何も悪くない。
食べないのは、内臓の病気のせいではないと、
先生はきっぱりとおっしゃいました。
念のためと、口の中を診てもらっても、
多少歯石はついているけど、痛みはないでしょうと。
というわけで、少しほっとして帰宅したものの、
やっぱり食べる量が少ないのは変わらず。
「どうして食べてくれないの?」
結局、ぼけて食べることすら忘れてしまったのかもしれません。
時々ですが、食べる時はカリカリも積極的に食べるのだけど、
食べない時は、ウェットご飯を少しなめるだけ。
う○ちも、数日おきに、少しでるだけ。
そんな状況が少し続いたところ、
ある日、ウェットご飯すら全く食べなくなってしまい、
悩んだ結果、数値的には何も悪くないのだからと、
はじめてシリンジで強制給仕をはじめました。
無理やり与えた後、少し具合悪そうにしていましたが、
幸い、吐きもせず嫌がらずにのみこんでくれました。
流動食だけで一日に必要な量を与えるのは難しいので、
できるだけカロリーの高いのを探して、
ペットショップを通ったり、夜な夜なネットで情報収集。
少しずつ、量を増やしながら、時間をかけて。
栄養価の高いやぎのミルクや、便秘解消のためのビオフェルミンも試しました。
しばらくすると、瞳に輝きが戻り、生命力を感じるようになりました。
うんちも、一時は一日置きにでるようになり、
強制給仕で元気になって、自力で食べることを思い出してくれればと、
夢のようなことも思いました。
ただ、元気になりはじめたと同時に、
今度は、大声で泣きながら、家の中を徘徊はじめました。
朝も昼も夜も、いつ寝ているのだろうと思うほど。
少し休んで、また歩き出すの繰り返し。
同じところをグルグル歩きまわることもありました。
悲しかっただけじゃなく、すっかり睡眠不足になってしまいました。
このままじゃ、私が先に倒れてしまう、どうしたものかと思っていたら、
急に食べる量(飲み込める量)が少なくなり、
再び体力が落ちたのか、歩きまわるものの、声を発することができなくなり、
数日後には、強制的に与えた流動食を、呑みこめなくなりました。
ショックでした。
もう、あきらめなければならないことを悟りました。
結局強制給仕出来たのは10日ほどかな。
ネットで取り寄せた大量の流動食が残ってしまった。。

その後、なくなる数日前にはとうとう水も飲めなくなり、
前日の土曜日の夜からは、全くの寝た切りの状態に。
そして、ついにその日がやってきてしまいました。
もう、ちっこも垂れ流し状態だったので、
私が仕事に行っている最中、ぬれたままはかわいそうだと
不憫に感じながら、そろそろ寝ようと思った日曜日の夜、
静かに寝ていた状態から、弱い、弱い痙攣をするようなったのに気づき、
思わず抱き上げ、頬ずりしながら数十分、
その後、その体勢が苦しいかもと思い、膝にのせ、見守りました。
そして、ちょっとだけ身体を動かし、最期のちっこをして、
心臓の動きが止まってしまった。
本当に、静かな、穏やかな最期でした。
そのままお膝に毛皮を置いて2時間ほど過ごし、
ゆっくりゆっくりお別れをしました。

老衰なのでしょう。
数値的に悪いところはなくても、消えゆく命の灯を止めることはできなかった。
(私じゃなかったら、もっと長生きできたのかもと思うとつらいけど)
ゆっくりと、静かに、その命が消えていくところを見守ることができたし、
何よりも、最期を一緒に過ごせたので、どこかやりきった感もあり、
息をひきとってからとりみだすことはなかったのですが、
翌日の朝、仕事を休むと職場のボスに電話で話しながら、
つい、鳴き声になって、恥ずかしかったけ。
そして、夕方4時に火葬業者のトラックがやってきました。
(本当はもう少し遅い時間にしたかったけど、空きがありませんでした。)
火葬炉に消えていくルッコラを見送るとき、
「もう一度」「もう一度」と
2度も扉をあけさせてしまった。
で、2度目に開けてもらったとき、ほおずりしようと顔を近づけたとたん、
これほど泣いたことはないだろうと思うほど、号泣してしまった。
人どおりもそれなりにある路上で。まったく恥ずかしいかぎりなのですが。
穏やかな寝顔、冷たくなっても変わらない手触り、
このまま剥製にしてでも、そばに置きたいと思った。
人間のエゴ以外、なんでもないと思いつつ。

それでも、「やめる」とは言えず、業者さんにルッコラをたくし、
一度自宅にもどって、ノワを抱きしめながらまた泣きました。
そうするとね、ノワが私の手を舐め舐めして、
ゴロゴロ、ゴロゴロとのどを鳴らすのです。
その時かな、気持ちが前を向いたのは。
私には、まだノワと楽しく暮らさなければならない義務がある。

ルッコラは、私にとって特別な猫でした。
子供であり、恋人であり、師でもありました。
私にとって、愛、そのものだったのです。
そんなルッコラに先立たれたら、もう生きていけるはずないと思ったけど、
そんなこと言ってたら、誰よりも私を愛してくれたルッコラに怒られる。

そして、そんなルッコラとの別れから一か月たちました。
春にペルラの病気が発覚してからルッコラがなくなるまでの5ヶ月間、
どんな風に過ごしたのか、あまり記憶にありません。
少し落ち着いた今も、まだぼんやりしています。
まさか、わずか3カ月程の間に、最愛の猫たちふたりを失うなんて、
誰が想像していたでしょう。
そんな事実を、まだ、悪い夢を見ているようですが、
少しずつ、残されたノワと二人、穏やかな日常を取り戻しつつあります。
毛皮は失ってしまったけど、
そのたっぷりの愛は、彼女の死とともに美しく完結して、
私の内に、しっかりととどまっています。

急に秋が深まってしまった札幌、
行き場のない悲しみからは解放された感はあったけど、
少し前は、とにかく寂しくて寂しくてたまらなかった。
ノワもね、時々朝出かける時に後を追うことがあって、
やっぱり寂しいのかなと思ったけど、
少しずつ、そんな生活にも慣れてきた気もします。

ちなみに、冒頭のにゃんは、関西在住のイラストレーター深尾竜騎氏の作品です。
滋賀在住の猫友達Mさんが、贈ってくださいました。
ありがたい。
箱をあけた時、その美しい青い瞳に、
ルッコラが帰ってきたと思って、またまた涙してしまいました。
大切にします。
どうもありがとうございます。

深い悲しみもあるけれど、
やっぱり、私は猫を愛して幸せだったと思います。


by rucolaperla | 2017-10-10 02:22 | うちの猫 | Trackback | Comments(0)

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